第121夜 【おとうさんの いなか】
【いっぴきおおかみの そろり】
教育画劇 1990年12月25日発行
福田岩緒
私はそろりのような人を知っているような気がします。
まずは、自分の父です。
私は高校二年生の秋まで、父と直接話をした記憶がありません。
何かを命じられたり、しかられたりする時は一方的に父からで、私から話しかけたり、くだけた会話をしたということはありませんでした。
通訳のように、間に入って取り次いでくれていたのは母です。
その母が椎間板ヘルニアで入院したのが高校二年の秋で、仲介者がいなくなった私は仕方なく必要最小限のことを父と直接話すようになったのでした。
私にとって父は恐い存在以外の何者でもありませんでした。
そして父は、きっと“そろり” でした。
「ねえ きみたち、 ちょっとだけでいいから そのごちそうを ぼくに わけてくれない?」
と言うつもりでウサギに近づいても、ウサギが楽しそうにしている様子を見ると、ついカァッとしてしまい、「やいっ! うさぎども。 そのたべものを おれによこせ!」 と言ってしまいます。
そしてすぐに、心の中で、『しまった!』 と思うのです。
こんなことの繰り返しです。
父もたぶん、私にやさしいことばの一つもかけてやろうと思ったことはあったに違いありません。
例えば、汗をかきかき田んぼの真ん中ですずめ追いをしている私に向かって。
例えば、試合の朝、軽トラで駅まで送った私が車から降りる時。
例えば、本屋さんで何十分も迷った挙句選んだ問題集を私にくれる時。
その問題集を私がやり終えたのを見た時。
そろりと違って、父は心にもない乱暴な物言いになることはありませんでしたが、言おうと思っていた暖かいことばが口から出なかったという点では同じです。
一人でさみしく雪の上にうずくまって眠っているそろりの周りに、森の動物たちが集まり、体を寄せ合います。
そろりは思います。
「ああ、なんて あたたかいんだろう・・・」
体だけではありません。 心の奥のほうも暖かくなってくるようです。
動物たちは、そろりのやさしい本性を知っていたのでしょう。
私が父の不器用さに気づき、表には表れないやさしさをくみとれるようになったのは、高校を卒業して家を出てからでした。
さすがに年をとり、ずいぶん好々爺にはなってきましたが、今でも時々、父の中に“そろり” を見ることがあります。
そんな時は、まだまだ現役ですネ、と少しうれしくなったりするこの頃です。
【おとうさんの いなか】
ポプラ社 1989年12月発行
福田岩緒 作・絵
私にはこの絵本が、かなり切ないです。
「ぼくの おとうさんが、交通事故で しんだのは、六月の 雨のふる日でした。」
という文から始まります。
ひろしは夏休みにお母さんと一緒に、お父さんが生まれ育った山に囲まれた小さな村に行きます。
そこで、典型的な田舎の少年たけちゃん(絵を見れば一目でわかります) と出会い、秘密基地に連れて行ってもらったり、一緒に川や洞穴で遊びます。
途中、お父さんの形見のハーモニカを落としてしまいます。
その夜、たけちゃんからもらったオニヤンマと蛍を、初めての蚊帳の中で放して眠ります。
夜中にトイレで起きたひろしは、蚊帳の中に戻ったつもりが、蚊帳をくぐるとそこは夜の森でした。
キツネやイノシシたちに、「としお」と呼ばれ、竹とんぼや草笛、竹馬をやってみてくれとせがまれます。
「としお」はどれも得意だからです。
ところがひろしは何一つできません。
怒った動物たちが追いかけてきます。
そこへたけちゃんが現れて、ひろしにハーモニカを渡します。
唯一ひろしが吹ける「ふるさと」を吹くと、ひろしの周りにはたくさんの動物たちが集まり、うっとりと聞いています。
ハーモニカを吹き終わると、動物たちもたけちゃんも姿が見えなくなっていました。
オニヤンマと蛍の飛ぶほうへ着いていくと、もとの蚊帳の中で、隣りにはお母さんが寝ていました。
片手でお母さんの手を握り、もう片方の手もお父さんの手を握るようにぎゅっと握った瞬間、ハーモニカがないのに気づき、そして「としお」がお父さんの名前だったということを思い出します。
竹とんぼも草笛も竹馬も、お父さんが得意だったことでした。
最後に、「てんごくの おとうさんへ」 というひろしの手紙が載っています。
それを読んで、目頭が熱くなるのは、歳とともに涙腺がゆるくなっているからだけではありません。
ハーモニカは次の日、たけちゃんが見つけてくれました。
たけちゃんは本当にただの人間の子なのでしょうか。
表紙を開けたところに、細かい網状の線がページいっぱいに緑色で描かれています。
これはいったいなんだろうと初めは思います。
そうしてそれが蚊帳であることに気づくと、「せぇのっ!」で、すばやくくぐって蚊帳の中に飛び込んだ日々が懐かしく思い起こされ、まるでタイムスリップしたような気になるのでした。
教育画劇 1990年12月25日発行
福田岩緒
私はそろりのような人を知っているような気がします。
まずは、自分の父です。
私は高校二年生の秋まで、父と直接話をした記憶がありません。
何かを命じられたり、しかられたりする時は一方的に父からで、私から話しかけたり、くだけた会話をしたということはありませんでした。
通訳のように、間に入って取り次いでくれていたのは母です。
その母が椎間板ヘルニアで入院したのが高校二年の秋で、仲介者がいなくなった私は仕方なく必要最小限のことを父と直接話すようになったのでした。
私にとって父は恐い存在以外の何者でもありませんでした。
そして父は、きっと“そろり” でした。
「ねえ きみたち、 ちょっとだけでいいから そのごちそうを ぼくに わけてくれない?」
と言うつもりでウサギに近づいても、ウサギが楽しそうにしている様子を見ると、ついカァッとしてしまい、「やいっ! うさぎども。 そのたべものを おれによこせ!」 と言ってしまいます。
そしてすぐに、心の中で、『しまった!』 と思うのです。
こんなことの繰り返しです。
父もたぶん、私にやさしいことばの一つもかけてやろうと思ったことはあったに違いありません。
例えば、汗をかきかき田んぼの真ん中ですずめ追いをしている私に向かって。
例えば、試合の朝、軽トラで駅まで送った私が車から降りる時。
例えば、本屋さんで何十分も迷った挙句選んだ問題集を私にくれる時。
その問題集を私がやり終えたのを見た時。
そろりと違って、父は心にもない乱暴な物言いになることはありませんでしたが、言おうと思っていた暖かいことばが口から出なかったという点では同じです。
一人でさみしく雪の上にうずくまって眠っているそろりの周りに、森の動物たちが集まり、体を寄せ合います。
そろりは思います。
「ああ、なんて あたたかいんだろう・・・」
体だけではありません。 心の奥のほうも暖かくなってくるようです。
動物たちは、そろりのやさしい本性を知っていたのでしょう。
私が父の不器用さに気づき、表には表れないやさしさをくみとれるようになったのは、高校を卒業して家を出てからでした。
さすがに年をとり、ずいぶん好々爺にはなってきましたが、今でも時々、父の中に“そろり” を見ることがあります。
そんな時は、まだまだ現役ですネ、と少しうれしくなったりするこの頃です。
【おとうさんの いなか】
ポプラ社 1989年12月発行
福田岩緒 作・絵
私にはこの絵本が、かなり切ないです。
「ぼくの おとうさんが、交通事故で しんだのは、六月の 雨のふる日でした。」
という文から始まります。
ひろしは夏休みにお母さんと一緒に、お父さんが生まれ育った山に囲まれた小さな村に行きます。
そこで、典型的な田舎の少年たけちゃん(絵を見れば一目でわかります) と出会い、秘密基地に連れて行ってもらったり、一緒に川や洞穴で遊びます。
途中、お父さんの形見のハーモニカを落としてしまいます。
その夜、たけちゃんからもらったオニヤンマと蛍を、初めての蚊帳の中で放して眠ります。
夜中にトイレで起きたひろしは、蚊帳の中に戻ったつもりが、蚊帳をくぐるとそこは夜の森でした。
キツネやイノシシたちに、「としお」と呼ばれ、竹とんぼや草笛、竹馬をやってみてくれとせがまれます。
「としお」はどれも得意だからです。
ところがひろしは何一つできません。
怒った動物たちが追いかけてきます。
そこへたけちゃんが現れて、ひろしにハーモニカを渡します。
唯一ひろしが吹ける「ふるさと」を吹くと、ひろしの周りにはたくさんの動物たちが集まり、うっとりと聞いています。
ハーモニカを吹き終わると、動物たちもたけちゃんも姿が見えなくなっていました。
オニヤンマと蛍の飛ぶほうへ着いていくと、もとの蚊帳の中で、隣りにはお母さんが寝ていました。
片手でお母さんの手を握り、もう片方の手もお父さんの手を握るようにぎゅっと握った瞬間、ハーモニカがないのに気づき、そして「としお」がお父さんの名前だったということを思い出します。
竹とんぼも草笛も竹馬も、お父さんが得意だったことでした。
最後に、「てんごくの おとうさんへ」 というひろしの手紙が載っています。
それを読んで、目頭が熱くなるのは、歳とともに涙腺がゆるくなっているからだけではありません。
ハーモニカは次の日、たけちゃんが見つけてくれました。
たけちゃんは本当にただの人間の子なのでしょうか。
表紙を開けたところに、細かい網状の線がページいっぱいに緑色で描かれています。
これはいったいなんだろうと初めは思います。
そうしてそれが蚊帳であることに気づくと、「せぇのっ!」で、すばやくくぐって蚊帳の中に飛び込んだ日々が懐かしく思い起こされ、まるでタイムスリップしたような気になるのでした。


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