第二十九夜 【こうら】
【あそぼうよ】
福音館書店 年少版こどものとも 127号 1987年10月1日発行
金尾恵子 さく
マンションの隣りは車の工場で、二階の我家からは工場の屋根しか見えません。
屋根の上は空です。
この状況をもしかしたら、何の景色も見えないさみしい状態、と人は思うかもしれません。
物件としては、一つのハンディでしょう。
でも、私はこの立地条件をいやだと思っていないどころか、気に入っています。
もしこの工場がなくて、ベランダから街の様子が見えたら、私の気はとっちらかってしまうだろうと思うのです。 (それに、こちらから見えるということは、外からも見えるということで、今のようにパジャマで寝癖だらけの髪のまま、ベランダで洗濯物を干すこともままならないでしょう。)
外界が見えないおかげで、ベランダの鉢植えの花やプランターの野菜に落ち着いて気を注ぐことができます。
この絵本で、おさるさんたちだけに気持ちが集中できるのは、色々な物が描き込まれていないおかげです。
白い部分が多いのです。
地面も何もありません。 せいぜい岩や木が、しかも必要最小限あるだけです。
だからこそ、おさるさんの表情や動きがよく見えるような気がします。
一匹一匹のおさるさんから目が離せなくなります。
余計なものを取り払ってくれている風景というのもいいと思います。
同じような理由から、私は田舎の小さな本屋さんも好きです。
【とりとなかよし】
福音館書店 こどものとも年中向き 通巻50号 1990年5月1日発行
かなお けいこ さく・え
「濃い」 と 「薄い」 とどっちが好きかと言われたら、基本的には 「薄い」 です。
あくまで印象ですが、金尾さんの絵本はとてもすっきりしていて、楽に呼吸をしながら登場する生き物に見入ることができます。
余分なものがないのです、絵にもことばにも。
読んだ後、とても穏やかでやさしい気持ちになっています。
うしつきに 耳のうしろの虫を食べてもらった水牛のように
あまさぎに 背中についた虫を取ってもらった象のように
わにちどりに 歯の掃除をしてもらったワニのように
【のはらのこねこ】
福音館書店 年少版こどものとも 通巻225号 1995年12月1日発行
金尾恵子 さく
初めに、“草” がこんなに表現力を持つ絵本が他にあるでしょうか。
いつものように、余分な物のない絵の中に、ねこと獲物と草だけ。
ねこの表情や躍動感はもちろんですが、ページをめくるたび、草が何かを表現していることにワクワクします。
特に、あかねずみを追いかけている場面の草は、そのスピード感をすばらしく演出しています。
【マングローブ】
福音館書店 かがくのとも 通巻435号 2005年6月1日発行
金尾恵子 さく
読みながら、「へーぇ。」と、思わず何度も口にしていました。
解説で、「果実が親植物についた状態で果実内の種子が発芽することが胎生発芽で、耐塩性を必要とした河口域の植物の一群であるマングローブ植物が獲得した性質である。」 と読んでも、『難しそう・・』 と、理解をあきらめそうになった私が、絵本を読んでホッとしました。
これならわかります。
かがくのともよありがとう。
美しい生態系が保たれている南の島へ行ってみたいと思いますが、自分が人間であることを思うと、自然にはあんまり歓迎されないのかもしれないなあとも思うのでした。
【こうら】
福音館書店 かがくのとも 通巻179号 1984年2月1日発行
内田 至 ぶん
金尾恵子 え
ある日の朝、菊池と篠塚のやんちゃコンビが私のところにやってきました。
「先生、実は・・・」
「なあに?」
「ええと・・・」
「はっきり言ってごらん。」
「朝、学校へ来るときに・・・」
「どうしたの?」
「これが道に落ちてたんです。」
そう言って私の目の前に差し出したのは、両手いっぱいの大きさのカメでした。
「こ、これは、落ちていたというより、そこに生息していたっていうことじゃないの?」
「でも、踏まれたらかわいそうです。」
「じゃあ、踏まれない所に移動してあげればよかったんじゃない?」
「俺たち、ちゃんと面倒みますから。 お願いします、教室で飼わせてください!」
小柄でチョロQだった二人の、いつになく真剣でまっすぐな視線に、つい私も、
「放課後、水槽と餌を自分たちで買ってきてね。 お金は先生が出すから。」 と言ってしまったのでした。
生きがいを見つけたように、二人は嬉々として、学校の近くのホームセンターから買ってきた水槽に砂利を斜めに敷き、水を適度に入れた後、わしづかみにしたカメを、そこに厳かに置きました。
箱入りの“カメの餌” もぬかりなく用意してありました。
その日の放課後、というよりは夜、いつものように退勤前には必ずしていた教室の見回りに行くと、真っ暗な教室でカリカリと音がします。
一瞬ギョッとしましたが、すぐに、『ああ、今日からうちのクラスにはカメ様がいるんだった』 と思い出しました。
電気をつけて水槽に近づいていくと、カメが水槽の壁をよじ登ろうとしています。
カリッカリッと前足を壁に這わせるのですが、すぐにずり落ちてしまいます。
何回かその繰り返しを見ているうちに、その水槽の後ろに世界地図が貼ってあることに気づきました。
水槽は透明ですから、カメからもその地図は見えていたことでしょう。
こっけいかもしれませんが、私にはカメが、
『オレは(外の)世界に出たいんだ』 と訴えているように見えました。
次の日の朝の会で、その時の様子を生徒たちに話しました。
「それで、みんな、どうする? 私はカメを外の世界に出してあげたほうが、カメにとっては幸せじゃないかと思うんだけど。」
「え~っ。 昨日飼い始めたばかりなのにー。」 という反応を想定していた私でしたが、生徒たちはシンとして何も言わずに、じっと水槽のカメに視線を送っていました。
「先生、学校が終わったら、俺たち昨日拾った所にカメを返しに行きます。」 菊池が言いました。
「そうだね。 そうして。
そのうち二人に カメの恩返しがあるかもしれないよ。 でも、元々カメは君たちに連れ去られたときに、『こうら、大変』 って思ったかもね。」
こうらは二重構造になっていることなど知りませんでした。
まして、カメが地球上に現れたときには、すでに完成品として存在していた、つまり2億年も前に突然地球上に、今とほぼ同じ形態や機能で登場したことなんて。
カメは動物園にいる動物ではなく、それよりは近いけれど犬やねこほどではない、不思議な距離の生き物です。
声を発せず、動きがゆっくりで、長生きをするという性質のせいか、思慮深く物知りのおじいさんというイメージをずっと持っていました。(なぜかおばあさんではないんですねぇ)
たぶん、そのイメージはこれからも続くでしょう。
友人宅を訪れると、玄関に小さい水槽が置いてあり、中にはこれまた小さなカメがいました。
くつを脱いであがろうとすると、ちょっと邪魔になるような所に水槽が置いてあるので、気にしないわけにはいきません。
「カメ飼ってるんだね。」
「うん、 息子がね。 一応、お客様への歓迎の気持ちをこめて、そこに置いてあるんだけど。」
「どういう意味?」
「名前が“ウェルカメ” っていうの・・・」
【きたのもりのシマリスくん】
福音館書店 かがくのとも 通巻275号 1992年2月1日発行
川道美枝子 ぶん
金尾恵子 え
とにかく、シマリスがかわいい。
北の森も美しい。
巣穴を掘ったり、体をきれいにしたり、どんぐりを隠したり、そんな説明がとてもわかりやすい。
そして最後は、巣穴の中で丸くなって冬眠しているその姿、うらやましい。
【やどかりくんの うちさがし】
福音館書店 かがくのとも 通巻353号 1998年8月1日発行
今福道夫 文
金尾恵子 絵
ヤドカリも大変です。 次から次へと家を替えます。
穴が開いていないか
小さくないか
巻いているか
重たくないか
時には自分の意志とは裏腹に、奪われたりもします。
人間も結婚相手を探そうと思ったら、同じように考えるんでしょうね。
穴が開いていないか・・・健康か
小さくないか・・・自分とのつりあいはどうか
巻いているか・・・気は合いそうか
重たくないか・・・そのまんま
せっかく見つかっても、奪われたりするところも同じです。
でも、ヤドカリの場合、幸いなのは、次々替える貝殻に感情はないので、人間の場合のように厄介なことはおきません。
ヤドカリ君、思う存分家を替えてちょうだい。
<全ての金尾さんの絵本について>
金尾さんの描く動物や植物は、クールな写実でありながら、血液の通った生命を感じさせます。
やさしさがあるのです。
そうして、無駄のないその潔さに私は惚れ惚れします。
福音館書店 年少版こどものとも 127号 1987年10月1日発行
金尾恵子 さく
マンションの隣りは車の工場で、二階の我家からは工場の屋根しか見えません。
屋根の上は空です。
この状況をもしかしたら、何の景色も見えないさみしい状態、と人は思うかもしれません。
物件としては、一つのハンディでしょう。
でも、私はこの立地条件をいやだと思っていないどころか、気に入っています。
もしこの工場がなくて、ベランダから街の様子が見えたら、私の気はとっちらかってしまうだろうと思うのです。 (それに、こちらから見えるということは、外からも見えるということで、今のようにパジャマで寝癖だらけの髪のまま、ベランダで洗濯物を干すこともままならないでしょう。)
外界が見えないおかげで、ベランダの鉢植えの花やプランターの野菜に落ち着いて気を注ぐことができます。
この絵本で、おさるさんたちだけに気持ちが集中できるのは、色々な物が描き込まれていないおかげです。
白い部分が多いのです。
地面も何もありません。 せいぜい岩や木が、しかも必要最小限あるだけです。
だからこそ、おさるさんの表情や動きがよく見えるような気がします。
一匹一匹のおさるさんから目が離せなくなります。
余計なものを取り払ってくれている風景というのもいいと思います。
同じような理由から、私は田舎の小さな本屋さんも好きです。
【とりとなかよし】
福音館書店 こどものとも年中向き 通巻50号 1990年5月1日発行
かなお けいこ さく・え
「濃い」 と 「薄い」 とどっちが好きかと言われたら、基本的には 「薄い」 です。
あくまで印象ですが、金尾さんの絵本はとてもすっきりしていて、楽に呼吸をしながら登場する生き物に見入ることができます。
余分なものがないのです、絵にもことばにも。
読んだ後、とても穏やかでやさしい気持ちになっています。
うしつきに 耳のうしろの虫を食べてもらった水牛のように
あまさぎに 背中についた虫を取ってもらった象のように
わにちどりに 歯の掃除をしてもらったワニのように
【のはらのこねこ】
福音館書店 年少版こどものとも 通巻225号 1995年12月1日発行
金尾恵子 さく
初めに、“草” がこんなに表現力を持つ絵本が他にあるでしょうか。
いつものように、余分な物のない絵の中に、ねこと獲物と草だけ。
ねこの表情や躍動感はもちろんですが、ページをめくるたび、草が何かを表現していることにワクワクします。
特に、あかねずみを追いかけている場面の草は、そのスピード感をすばらしく演出しています。
【マングローブ】
福音館書店 かがくのとも 通巻435号 2005年6月1日発行
金尾恵子 さく
読みながら、「へーぇ。」と、思わず何度も口にしていました。
解説で、「果実が親植物についた状態で果実内の種子が発芽することが胎生発芽で、耐塩性を必要とした河口域の植物の一群であるマングローブ植物が獲得した性質である。」 と読んでも、『難しそう・・』 と、理解をあきらめそうになった私が、絵本を読んでホッとしました。
これならわかります。
かがくのともよありがとう。
美しい生態系が保たれている南の島へ行ってみたいと思いますが、自分が人間であることを思うと、自然にはあんまり歓迎されないのかもしれないなあとも思うのでした。
【こうら】
福音館書店 かがくのとも 通巻179号 1984年2月1日発行
内田 至 ぶん
金尾恵子 え
ある日の朝、菊池と篠塚のやんちゃコンビが私のところにやってきました。
「先生、実は・・・」
「なあに?」
「ええと・・・」
「はっきり言ってごらん。」
「朝、学校へ来るときに・・・」
「どうしたの?」
「これが道に落ちてたんです。」
そう言って私の目の前に差し出したのは、両手いっぱいの大きさのカメでした。
「こ、これは、落ちていたというより、そこに生息していたっていうことじゃないの?」
「でも、踏まれたらかわいそうです。」
「じゃあ、踏まれない所に移動してあげればよかったんじゃない?」
「俺たち、ちゃんと面倒みますから。 お願いします、教室で飼わせてください!」
小柄でチョロQだった二人の、いつになく真剣でまっすぐな視線に、つい私も、
「放課後、水槽と餌を自分たちで買ってきてね。 お金は先生が出すから。」 と言ってしまったのでした。
生きがいを見つけたように、二人は嬉々として、学校の近くのホームセンターから買ってきた水槽に砂利を斜めに敷き、水を適度に入れた後、わしづかみにしたカメを、そこに厳かに置きました。
箱入りの“カメの餌” もぬかりなく用意してありました。
その日の放課後、というよりは夜、いつものように退勤前には必ずしていた教室の見回りに行くと、真っ暗な教室でカリカリと音がします。
一瞬ギョッとしましたが、すぐに、『ああ、今日からうちのクラスにはカメ様がいるんだった』 と思い出しました。
電気をつけて水槽に近づいていくと、カメが水槽の壁をよじ登ろうとしています。
カリッカリッと前足を壁に這わせるのですが、すぐにずり落ちてしまいます。
何回かその繰り返しを見ているうちに、その水槽の後ろに世界地図が貼ってあることに気づきました。
水槽は透明ですから、カメからもその地図は見えていたことでしょう。
こっけいかもしれませんが、私にはカメが、
『オレは(外の)世界に出たいんだ』 と訴えているように見えました。
次の日の朝の会で、その時の様子を生徒たちに話しました。
「それで、みんな、どうする? 私はカメを外の世界に出してあげたほうが、カメにとっては幸せじゃないかと思うんだけど。」
「え~っ。 昨日飼い始めたばかりなのにー。」 という反応を想定していた私でしたが、生徒たちはシンとして何も言わずに、じっと水槽のカメに視線を送っていました。
「先生、学校が終わったら、俺たち昨日拾った所にカメを返しに行きます。」 菊池が言いました。
「そうだね。 そうして。
そのうち二人に カメの恩返しがあるかもしれないよ。 でも、元々カメは君たちに連れ去られたときに、『こうら、大変』 って思ったかもね。」
こうらは二重構造になっていることなど知りませんでした。
まして、カメが地球上に現れたときには、すでに完成品として存在していた、つまり2億年も前に突然地球上に、今とほぼ同じ形態や機能で登場したことなんて。
カメは動物園にいる動物ではなく、それよりは近いけれど犬やねこほどではない、不思議な距離の生き物です。
声を発せず、動きがゆっくりで、長生きをするという性質のせいか、思慮深く物知りのおじいさんというイメージをずっと持っていました。(なぜかおばあさんではないんですねぇ)
たぶん、そのイメージはこれからも続くでしょう。
友人宅を訪れると、玄関に小さい水槽が置いてあり、中にはこれまた小さなカメがいました。
くつを脱いであがろうとすると、ちょっと邪魔になるような所に水槽が置いてあるので、気にしないわけにはいきません。
「カメ飼ってるんだね。」
「うん、 息子がね。 一応、お客様への歓迎の気持ちをこめて、そこに置いてあるんだけど。」
「どういう意味?」
「名前が“ウェルカメ” っていうの・・・」
【きたのもりのシマリスくん】
福音館書店 かがくのとも 通巻275号 1992年2月1日発行
川道美枝子 ぶん
金尾恵子 え
とにかく、シマリスがかわいい。
北の森も美しい。
巣穴を掘ったり、体をきれいにしたり、どんぐりを隠したり、そんな説明がとてもわかりやすい。
そして最後は、巣穴の中で丸くなって冬眠しているその姿、うらやましい。
【やどかりくんの うちさがし】
福音館書店 かがくのとも 通巻353号 1998年8月1日発行
今福道夫 文
金尾恵子 絵
ヤドカリも大変です。 次から次へと家を替えます。
穴が開いていないか
小さくないか
巻いているか
重たくないか
時には自分の意志とは裏腹に、奪われたりもします。
人間も結婚相手を探そうと思ったら、同じように考えるんでしょうね。
穴が開いていないか・・・健康か
小さくないか・・・自分とのつりあいはどうか
巻いているか・・・気は合いそうか
重たくないか・・・そのまんま
せっかく見つかっても、奪われたりするところも同じです。
でも、ヤドカリの場合、幸いなのは、次々替える貝殻に感情はないので、人間の場合のように厄介なことはおきません。
ヤドカリ君、思う存分家を替えてちょうだい。
<全ての金尾さんの絵本について>
金尾さんの描く動物や植物は、クールな写実でありながら、血液の通った生命を感じさせます。
やさしさがあるのです。
そうして、無駄のないその潔さに私は惚れ惚れします。
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