第1430夜 【ドームがたり】

【ドームがたり】
玉川大学出版部 2017年3月20日発行
アーサー・ビナード 作
スズキ コージ 画
画像

戦争、とりわけ原爆については、自分に自信がなくて近づけないようなところがありました。
戦争や原爆を受け止める覚悟のようなものが、自分にあるのか?という自問に、 Yes と即答できない後ろめたさがあったのです。

考えてみれば、暗く重いイメージを勝手に押し付けて、距離を置こうとしていたのかもしれない、それが広島、そして原爆ドームでした。
この絵本を手に取った時も、『この(テーマの)重さに耐えられるのか?』と、実は少し不安でした。

買って読もうと決断させてくれたのは、二人の作者です。
読み終わった時、アーサー・ビナードさんとスズキコージさんには、心の中でそっと『ありがとう』と言っていました。
〝耐える”とか、〝背負う”とか、そんな気負いで近づこうとしなかった私を、しっかりと迎え入れてくれたような気がしたのです。


主人公は「ドーム」、一人称の「ぼく」で語ります。

どうも、はじめました。 ぼくの名前は「ドーム」。
      あいにきてくれて、ありがとう。


最初のページのこのあいさつで、私はとても安心しました。
近寄りがたいと思っていた人に、あいさつの声をかけてもらったような気持ちになったのです。

『もしかしたら、私が思っていたようなヒトではないのかもしれない…』

こうして絵本の最初から、「ドーム」は私にとって、「ドーム」くんという、感情ある生き物以外の何ものでもなくなりました。


「ドーム」くんは、自分がどうやって生まれたのかを、お父さん(ヤン・レツル:設計士)を紹介しながら教えてくれます。
元々は、「広島県物産陳列館」という建物で、広島産の物品を求める人々でにぎわっていたこと。
世の中が戦争色に染まっていったこと。
1945年8月6日の朝に起こったこと。
それらが、「ドーム」くんの目を通して語られます。

広島さんは、ころされた。
ぼくのむねのクマゼミも
ころされた。



アーサー・ビナードさんについていつも感じることは、過去の囚われ人の目線で語って終わりにしないというすごさです。
過去にあったこと、それによって今がどうなのか、そしてこれからどうしたらいいのか…。
彼はいつも、今やこれからへのメッセージを伝えようとしています。

しかも詩人らしく、むやみに力こぶを振り上げるのではなく、しみ込んでくる表現で―けれども力強く―、私たちにメッセージを送り続けてくれています。

最後のページ、「ドーム」くんが語ります。

夜がくると、
コウモリたちは ひゅるりひゅるりと ぼくのまわりをとぶ。
コウモリのつばさって やわらかくて、ほんのすこし、すけて見えるんだ。

空のたくさんの星と ぼくらのほしと ちかいように見えて とてもとおい。

夜までずっといっしょに
いてくれて、ありがとう。

ぼくは、生き物が そばにいると
うれしい。



私がこの絵本を購入したのは、六月、帰省先の秋田でのことです。
県立近代美術館で、スズキコージさんの原画展が開催されていたので出かけました。
そこで出会ったのです。

スズキコージさんの絵だから、私は「ドーム」くんを親しいものに感じることができたのだと思います。

改めて、お二人に
『ありがとうございました。』

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