第1446夜 【アオサギの さかなとり】
【アオサギの さかなとり】
福音館書店 ちいさなかがくのとも 通巻164号 2015年11月1日発行
とうごう なりさ さく
ここのところ、「ちいさなかがくのとも」が続きました。
「ちいさな」ということは、「かがくのとも」対象者よりもっと小さな子どもたちのために作られた絵本ということですよね。
幼少期から、こういうすぐれた絵本で科学的なことに触れられるって、なんてすばらしい!と思うと同時に、軽く嫉妬を覚えます。
今日の絵本もいいんです。
表紙を見て、これは版画でしょう、と思った瞬間、お気に入りに入りました。
私が版画好きだからということではなく、この絵は誰が見てもステキだと思うでしょう。
版画の絵だとわかっているのに、臨場感が半端ではありません。
自分がアオサギであり、そして、観察者でもあると感じます。
ススキの陰、池の中に静かに立ち、じっと動かずに水の中を見つめるアオサギ。
息を止めて集中してしまうのは、魚を捕りたいアオサギに自分が感情(?)移入しているから。
スマートな全身、愛らしい目でほほ笑んでいるような顔、に見とれてしまうのは、観察者として。
二つの感覚がシンクロして両立します。
大きな魚を捕まえた場面の迫力!
そして、それを落としてもう一回くわえ直したものの、大きすぎてなかなか飲み込めない様はちょっとひょうきんです。
魚泥棒のユリカモメに囲まれ、逃げようとして羽ばたく姿
やっと獲物を飲み込んで、おなかの中で魚が溶けていく間、翼をたたんで、瞑想するようにたたずんでいる姿
ピュッと糞をしてすっきりし、また魚を捕りに飛んでいく大きな翼
どれもいいなぁ。
アオサギの色々な姿を見せてくれて、とうごうなりささん、ありがとう。
いつもの事ながら、折り込み付録も読みごたえ抜群です。
絵本には描かれていなかった鳴き声についての説明(佐原雄二さんによる)には、思わず『あらまあ』とニヤリ。
(ギャーという鳴き声に、江戸時代には妖怪扱いされていた)
他にも、アオサギをシャーロックホームズに例えたり、俳句を紹介してくれたり、解説を興味深く読みました。
佐原さんにもお礼を申し上げます。
そう言えば、もう十年以上も前ですが、息子が中学三年の時に歌った合唱曲が「青鷺」でした。
とてもいい曲でした。
【きょうは たびびより】
福音館書店 ちいさなかがくのとも 通巻187号 2017年10月1日発行
とうごう なりさ さく
「今日は 旅日和」
と言っているのは、作者でも、見ているヒトでもなく、当のヒヨドリたちなのです。
鳥たちが、出発するなら今だ、という意味を込めて、〝旅日和”ということばを使っているということに、ちょっと意表を突かれます。
でも、鳥たちの簡潔できっぱりしたことばを読んでいくうちに、それがとても自然に思えてきました。
岬の林に集まったヒヨドリたちは、それぞれが、もっと木の実のある場所や暖かいところを求めて、そこから一緒に飛び立とうとしています。
夜が明けました。
「よし、いい てんきだ」
「きょうは たびびよりだ」
「しゅっぱつするぞ」
ところが、すぐにハヤブサに遭遇します。
「もどれ! もどれ!」
ヒヨドリの群れは林に逃げ込んで隠れます。
そして再び
「きょうは やっぱり いい てんきだ」、
「ぜっこうの たびびよりだ」
「もういちど しゅっぱつしよう」
しかし、またしてもハヤブサと出会います。
やむなく林に戻ったヒヨドリたち。
もうあきらめるのでしょうか。
いえいえ
「それにしても きょうは いい てんきだ」
「さいこうの たびびよりだ」
「みんな、しゅっぱつだ」
流れる矢のようになって出発します。
まるで【スイミー】のように、みんなで大きな鳥になっているようです。
とうごうなりささんは、折り込み付録の「作者のことば」の中で、
「群れが急に方向転換し、急降下する動きは、まるで一匹の龍のように見える。」
と書いています。
(小さなものが寄り集まってダイナミックな動きをするというと、映画「ベイマックス」のマイクロチップスを思い起こします。)
何度も出発を試みたヒヨドリたちは、波の上すれすれを飛んで、ハヤブサに見つからないように、みんなでかたまって飛びます。
ヒヨドリたちは必死に羽ばたき、向こう岸の森に無事たどり着きました。
でも、まだ旅が終わったわけではありません。
ここからまた別のグループになって飛んでいく鳥もいるのです。
折り込み付録に、群れで海を渡るヒヨドリの写真が掲載されています。
驚きます。
これほどの大集団、これほどのかたまりなのかと。
解説(山口恭弘さん)によると、「数百羽から数千羽という大きな群れになることもあります。」とのこと。
これだけの集団にリーダーがいないというのも興味深い。
小さな群れがどんどん集まって大きな群れになる…
〝手つなぎ鬼”という遊びで、3,4人の集団がどんどん増えて、長ーい列になってくような感じなのでしょうね。
その時、その場所で運命を共にする集団の潔い団結力を見せてもらったような気がしました。
やはり版画なのですが、ヒヨドリの部分は消しゴム判子とのこと。
「気づけば来る日も来る日も判子を彫り続け、ついにヒヨドリの灰色部分の判子だけでも100種類以上作ってしまった!」(折り込み付録より)
感服いたしました。
(2018年7月 書き加え)
福音館書店 ちいさなかがくのとも 通巻164号 2015年11月1日発行
とうごう なりさ さく
ここのところ、「ちいさなかがくのとも」が続きました。
「ちいさな」ということは、「かがくのとも」対象者よりもっと小さな子どもたちのために作られた絵本ということですよね。
幼少期から、こういうすぐれた絵本で科学的なことに触れられるって、なんてすばらしい!と思うと同時に、軽く嫉妬を覚えます。
今日の絵本もいいんです。
表紙を見て、これは版画でしょう、と思った瞬間、お気に入りに入りました。
私が版画好きだからということではなく、この絵は誰が見てもステキだと思うでしょう。
版画の絵だとわかっているのに、臨場感が半端ではありません。
自分がアオサギであり、そして、観察者でもあると感じます。
ススキの陰、池の中に静かに立ち、じっと動かずに水の中を見つめるアオサギ。
息を止めて集中してしまうのは、魚を捕りたいアオサギに自分が感情(?)移入しているから。
スマートな全身、愛らしい目でほほ笑んでいるような顔、に見とれてしまうのは、観察者として。
二つの感覚がシンクロして両立します。
大きな魚を捕まえた場面の迫力!
そして、それを落としてもう一回くわえ直したものの、大きすぎてなかなか飲み込めない様はちょっとひょうきんです。
魚泥棒のユリカモメに囲まれ、逃げようとして羽ばたく姿
やっと獲物を飲み込んで、おなかの中で魚が溶けていく間、翼をたたんで、瞑想するようにたたずんでいる姿
ピュッと糞をしてすっきりし、また魚を捕りに飛んでいく大きな翼
どれもいいなぁ。
アオサギの色々な姿を見せてくれて、とうごうなりささん、ありがとう。
いつもの事ながら、折り込み付録も読みごたえ抜群です。
絵本には描かれていなかった鳴き声についての説明(佐原雄二さんによる)には、思わず『あらまあ』とニヤリ。
(ギャーという鳴き声に、江戸時代には妖怪扱いされていた)
他にも、アオサギをシャーロックホームズに例えたり、俳句を紹介してくれたり、解説を興味深く読みました。
佐原さんにもお礼を申し上げます。
そう言えば、もう十年以上も前ですが、息子が中学三年の時に歌った合唱曲が「青鷺」でした。
とてもいい曲でした。
【きょうは たびびより】
福音館書店 ちいさなかがくのとも 通巻187号 2017年10月1日発行
とうごう なりさ さく
「今日は 旅日和」
と言っているのは、作者でも、見ているヒトでもなく、当のヒヨドリたちなのです。
鳥たちが、出発するなら今だ、という意味を込めて、〝旅日和”ということばを使っているということに、ちょっと意表を突かれます。
でも、鳥たちの簡潔できっぱりしたことばを読んでいくうちに、それがとても自然に思えてきました。
岬の林に集まったヒヨドリたちは、それぞれが、もっと木の実のある場所や暖かいところを求めて、そこから一緒に飛び立とうとしています。
夜が明けました。
「よし、いい てんきだ」
「きょうは たびびよりだ」
「しゅっぱつするぞ」
ところが、すぐにハヤブサに遭遇します。
「もどれ! もどれ!」
ヒヨドリの群れは林に逃げ込んで隠れます。
そして再び
「きょうは やっぱり いい てんきだ」、
「ぜっこうの たびびよりだ」
「もういちど しゅっぱつしよう」
しかし、またしてもハヤブサと出会います。
やむなく林に戻ったヒヨドリたち。
もうあきらめるのでしょうか。
いえいえ
「それにしても きょうは いい てんきだ」
「さいこうの たびびよりだ」
「みんな、しゅっぱつだ」
流れる矢のようになって出発します。
まるで【スイミー】のように、みんなで大きな鳥になっているようです。
とうごうなりささんは、折り込み付録の「作者のことば」の中で、
「群れが急に方向転換し、急降下する動きは、まるで一匹の龍のように見える。」
と書いています。
(小さなものが寄り集まってダイナミックな動きをするというと、映画「ベイマックス」のマイクロチップスを思い起こします。)
何度も出発を試みたヒヨドリたちは、波の上すれすれを飛んで、ハヤブサに見つからないように、みんなでかたまって飛びます。
ヒヨドリたちは必死に羽ばたき、向こう岸の森に無事たどり着きました。
でも、まだ旅が終わったわけではありません。
ここからまた別のグループになって飛んでいく鳥もいるのです。
折り込み付録に、群れで海を渡るヒヨドリの写真が掲載されています。
驚きます。
これほどの大集団、これほどのかたまりなのかと。
解説(山口恭弘さん)によると、「数百羽から数千羽という大きな群れになることもあります。」とのこと。
これだけの集団にリーダーがいないというのも興味深い。
小さな群れがどんどん集まって大きな群れになる…
〝手つなぎ鬼”という遊びで、3,4人の集団がどんどん増えて、長ーい列になってくような感じなのでしょうね。
その時、その場所で運命を共にする集団の潔い団結力を見せてもらったような気がしました。
やはり版画なのですが、ヒヨドリの部分は消しゴム判子とのこと。
「気づけば来る日も来る日も判子を彫り続け、ついにヒヨドリの灰色部分の判子だけでも100種類以上作ってしまった!」(折り込み付録より)
感服いたしました。
(2018年7月 書き加え)


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