第723夜 【ねぼすけスーザの おかいもの】

【ねぼすけスーザの おかいもの】
福音館書店 こどものとも 通巻419号 1991年2月1日発行
広野多珂子 作
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やさしい絵です。
なんだか心にささくれができてるみたい・・・、そんな気がする時、
「あ~あ」、あれれまたため息ついちゃった、なんていう時、
この絵を見ると、やさしく胸にベポラップをすり込んでもらっているような気持ちになります。
そうして呼吸が楽になり、自分もちょっとやさしくなった気分になります。

特に、スーザの後ろ頭!
何度か登場するのですが、髪の毛を左右に二つ、思いっ切り引っ張って結んでいる状態や、短い後れ毛がなんとも言えません。

スーザとマリアおばさんは、オリーブ畑に囲まれた小さな村に住んでいます。
ある日、スーザは、ロバのサンチェスの背中に乗り、丘を越えて町まで出かけました。

人や物で賑わう町で、お店のショーウィンドーに飾られた宝石や帽子を眺めてはうっとりするスーザですが、そういったものに心は揺れません。
「いちばんすてきなものは、きっとほかのものだわ」

このことばの意味を知るのは、お話の最後になってからです。

とうとうスーザは捜し求めていたものを見つけました。
きれいな赤いイスです。
ところが、スーザの持っているお金では、到底そのイスは買えません。

がっかりしたスーザがため息をつきながら歩いていると、壊れた家の前に、イスが捨ててありました。
長い間そのイスを見つめていたスーザは、やがてそれをサンチェスの背中に乗せ、赤いペンキと布を買って家へ帰ります。

家に帰ったスーザは、そのまま納屋にこもり、作業を始めます。
マリアおばさんが戸を開けてみると、納屋の中には、赤い素敵なイスがありました。
そして、その傍に、顔も服も赤いペンキだらけのスーザがいました。

「おばさん、お誕生日おめでとう。
前から、編み物をする時のイスがほしいって言っていたでしょう」

マリアおばさんはスーザにいっぱいいっぱい頬ずりをします。

表紙を見ても、二人がどんなにお互いを大事に思っているのかわかりますよね。
ロバやニワトリ、ネコにイヌも、さりげなく暖かい家庭を演出しています。

表紙の赤い縁取り、赤い裏表紙、赤い編み物、赤いイス。
他にも、スーザの麦藁帽子のリボンも赤、ニワトリのとさかももちろん赤、鉢植えの花も赤。
赤の印象が心地よく残ります。


【ねぼすけスーザと やぎのダリア】
福音館書店 こどものとも 通巻438号 1992年9月1日発行
広野多珂子 作
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次は緑です。
ちなみに、このシリーズを並べてみると、色鉛筆や色ペンをそろえた時のようなときめきを味わうことができます。

タイトルの通り、スーザはねぼすけです。
お利口な優等生ではないところに、一層の親しみを感じます。
特に私などは、この年でも“ねぼすけ”を自認していますので。

マリアおばさんがフライパンを10回たたいてやっと目を覚ましたスーザが、隣のアンヘルさんのヤギに草を食べさせに行くころには、すっかりお日様が高くなっていました。
それにしても、フライパンを10回もたたいたというのに、見送るマリアおばさんは笑顔です。
この寛大さを見習わなくては。

アンヘルさんのヤギの中に、ダリアというおなかの大きなヤギがいました。
もうすぐ赤ちゃんが生まれるのです。
途中、そのダリアがの様子がなんだか変です。
他のヤギたちは草のあるほうへどんどん歩いていくのに、ダリアだけがぽつんと遅れて歩きます。

とうとうダリアは、草のある丘にたどり着く前に、立ち止まったまま動かなくなってしまいます。
日陰のない場所で止まってしまったダリアに、スーザは自分の帽子をかぶせ、背中にエプロンもかけてやります。

ダリアに水を飲ませようと、スーザは崖をおりて川まで行き、大きな葉っぱに水を汲んで戻ります。
するとそこにダリアの姿がありませんでした。

麦藁帽子が見えたので行ってみると、それはオリーブ畑で仕事をしているキンテロおじさんでした。
エプロンが道に落ちているほうへ行ってみると、それはルイサおばあさんでした。

スーザは大声でダリアを呼びます。

心配でたまらないスーザの気持ちを思うと、一緒に大きな声でダリアを呼んであげたくなります。

そのとき、鈴の音がかすかに聞こえてきます。
スーザは音のするお城まで走ります。
しかしそれはお城の風見の音でした。

がっかりしたスーザは、急にのどの奥が詰まったようになり、涙がこみ上げてきます。

あ~、この感じ、わかります。

それにしても、お城の風見を見上げるスーザの手前に、見事なひなげしの花が咲いています。
それどころではないのですけれど、実は私、ずっとさまようスーザと一緒に、美しい風景を堪能していました。

イヌのホセがほえて走っていく方向にスーザも行ってみます。
すると、壊れた小屋の中に元気なダリアがいました。
ダリアのおなかはぺちゃんこです。
ダリアの足元から、2匹の赤ちゃんヤギが、くりくりした目で、スーザを見上げています。
スーザは子ヤギに、いっぱいっぱい頬ずりをしました。

「いっぱいいっぱいの頬ずり」は、何度あっても嬉しくなります。


【ねぼすけスーザと あかいトマト】
福音館書店 こどものとも 通巻470号 1995年5月1日発行
広野多珂子 作
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いつもはねぼすけのスーザですが、今日はマリアおばさんが作った今年初めてのトマトを町まで運ぶ日、おばさんのフライパンの音がなくても目が覚めました。

おばさんが汗をかいて荷車に積んだたくさんの真っ赤なトマトを、スーザは町の市場へ運びます。
もちろん荷車を引いているのはサンチェスです。

トマトをホルヘおじさんの店に山積みにすると、スーザはマリアおばさんに頼まれた買い物をします。
ホルヘおじさんの店に戻ってみると、お客さんは一人もなく、おばさんがせっかく作ったトマトはちっとも売れていません。
ホルヘおじさんのお店は、市場の一番隅っこにあるのです。

がっかりしたスーザでしたが、いいことを思いつきます。
自分の麦藁帽子にトマトを幾つか入れて、市場のあちらこちらで宣伝です。
指を鳴らし、踊るように足踏みをし、そこにいる人たちに、つやつやと赤く輝くトマトを見せます。
そのトマトはどこで売っているのかと聞かれると、スーザは待ってましたとばかりに、ホルヘおじさんのお店を指差します。

市場を一周してホルヘおじさんのお店へ戻ってみると、トマトの台の上は空っぽ、全部売れていました。
喜んだホルヘおじさんは、麦藁帽子の中のトマトをスーザにくれました。

帰り道、スーザとサンチェスは、トマトをかじりながら帰りました。
ひまわり畑の向こうに、オリーブ畑と思しき丘が、果てしなく続いています。
呼吸が楽になるんです、こういう絵を見ていると。
スーザのとびきりの笑顔にも癒されます。


【ねぼすけスーザの セーター】
福音館書店 こどものとも 通巻501号 1997年12月1日発行
広野多珂子 作
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青い縁取りもいいですね。
セーターの季節です。

マリアおばさんが留守だったので、つまり、フライパンの音がしなかったので、スーザはお昼近くに目を覚まします。
いつもより寒くなったような気がしたスーザは、たんすの奥からセーターを引っ張り出して着てみましたが、それはすっかり小さくなっていました。
それでもそのセーターを着たまま、スーザは、足の具合が悪いルイサおばあさんの代わりに、町へ買い物に出かけます。

途中、アントニオおじさんと、テレサおばさんにも買い物を頼まれます。
今日は、サンチェスのお供なしのおでかけです。
町に着いたスーザは、大きな通りをまっすぐに歩いていきます。

毛糸屋さんの前まで来た時、スーザは思わず立ち止まります。
トマトの模様のセーターが飾ってあったのです。
貯めていたお金でそのセーターを買えるかもしれないと思うと、スーザは嬉しくなります。

頼まれていた買い物を済ませて、もう一度トマトのセーターを見に毛糸屋さんに行ってみると、トマトのセーターはたった今売れてしまったと言われます。
他のセーターを見せられても、スーザにはみんなつまらなく見えます。

他の店にあるかもしれないと、スーザは町の中を探して歩きますが、トマトの模様のセーターはどこにもありません。
いつの間にかあたりが暗くなり、段々寒くなってきました。
暗くなった野道を歩くのは初めてです。
村までがとても遠く感じます。
袖を引っ張って手を暖めようとしましたが、セーターの袖は短すぎてうまくいきません。

ため息をつきながら歩いていると、暗闇の向こうに明かりが見えました。
マリアおばさんが荷車で迎えに来てくれたのです。
スーザが荷車に乗ると、おばさんはふわあっと暖かいものを着せてくれました。

それはなんと、マリアおばさんがスーザのために編んでくれたトマトの模様がたくさんついたセーターでした。
もちろん、スーザはマリアおばさんに、いっぱいいっぱい頬ずりをしました。


【ねぼすけスーザの オリーブつみ】
福音館書店 こどものとも 通巻551号 2002年2月1日発行
広野多珂子 作
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いつもはねぼすけのスーザも、今日はおばさんと一緒に目を覚ましました。
同じ村のキンテロおじさんのオリーブ畑で、オリーブ摘みのお手伝いをする日なのです。

オリーブ畑に着くと、他のお手伝いの人たちもやってきました。

オリーブの黒紫色の実がたわわに生っている様子は、さくらんぼのように見えます。
スーザは両方の手をかわるがわる動かしながら、次々にオリーブの実を摘みました。
でも、上のほうのオリーブの実には手が届きません。
飛びついて取ろうとすると、葉っぱまでもぎ取ってしまいます。

あれこれ工夫をした結果、スーザはサンチェスの背中に乗って、上のほうのオリーブの実を摘みました。
これは断然、はしごよりも快適そうです。

日が傾く頃には、たくさんのオリーブが摘まれました。
キンテロおじさんは、今年初めてのオリーブを絞ってみます。
サンチェスに手伝ってもらい、石臼を動かすと、お日様の光をいっぱい浴びた干草のようなにおいがしてきます。
みんな笑顔です。

それから絞り機で絞ると、じわじわっと、黄土色の油がにじみ出てきました。
みんなでそれをなめてみます。
スーザも油をなめました。
絞りたての油は、ふわあっと舌の上に消えて、ほんの少し甘い味が残りました。

スーザは、大活躍のサンチェスにも油をなめさせてあげます。

家の中では、ご馳走が並び、みんなは収穫を喜んで乾杯をし、陽気に歌って踊ります。
その夜はよふかしスーザでしたが、なんと、次の日の朝もオリーブ摘みに行くために、スーザはちゃんと起きました。
やる時はやるスーザでした。

折り込み付録の広野さんの文章です。
「スペインで絵の勉強をしていた頃、貧乏暮らしの私のただ一つの朝の贅沢は、近くの小さなマーケットで、パンと牛乳を買ってから、時々オリーブ漬けを買うことでした。
もちろん、私が買うのは一番安くて小さな粒の黄緑色のもの。
わずかな量しか買えなかったけれど、オリーブ漬けの入った袋を受け取るときは、ほんとうにほんとうに幸せな気持ちでした。
不思議なことに、スペインのゆったりした時間の流れの中では、貧しいことさえ心のどこかで楽しむようなゆとりがあったように思えます。」

スペインに行ったことはないのですが、私にはこの文に書かれていることがすっかりわかります。
貧しい時に手に入れたささやかな贅沢、そしてそれに感じた幸せ・・・、覚えがあるのです。
ゆったりした時間の流れは、私が田舎に帰省するたびに味わうものです。

“貧しい”ということが単にお金をたくさん持っていないということならば、私も確かに貧しいわけですが、自分の環境を楽しんでいる時にはちっとも貧しい感を覚えません。
まさに“不思議”です。

ロバに乗ってみたい・・・、ぽーっとそう思いました。


【ねぼすけスーザの はるまつり】
福音館書店 こどものとも 通巻589号 2005年4月1日発行
広野多珂子 作
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またスーザと会えた、もうそれだけで嬉しいです。

マリアおばさんの、何でも許してくれそうな笑顔、赤いイス、トマトの模様のセーター、広がるオリーブ畑、餌をついばむニワトリたちとイヌやネコ・・・、“いつもの”がそろっています。
ほっとします。
なじんだものに感じる安心感です。

季節は春です。
スーザにとっては初めての春祭り、ドレスを作らなくてはなりません。
おばさんとスーザはサンチェスの引く荷車に乗り、町の布屋さんにやってきました。
スーザは気に入った布をすぐに見つけました。
赤に白の水玉のかわいい布です。

次の日から、マリアおばさんは畑仕事が終わると、テレサおばさんから借りたミシンでスーザのドレスを縫い始めます。
スーザはとても楽しみです。

アンヘルさんのヤギを丘に連れて行くスーザに、村の人たちが声をかけます。
話題はみんな春祭りで身につける帽子やスカーフのことです。
やっぱりみんな笑顔です。
この絵本が安らぎをもたらす理由の一つは、登場する人たちの笑顔でしょうね。

春になって緑に覆われた丘に、スーザは赤いひなげしの花を見つけます。
そして、いいことを思いつきます。

マリアおばさんから布の残りをもらったスーザは、それを細長く切って縫い、ぎゅっと引っ張って花を作ります。
ドレスを縫うおばさんのそばで、スーザは毎晩、この花作りをしました。

そうしてその花を、ネコのベルダ、イヌのボセ、ニワトリたち、もちろんサンチェスにも付けてあげました。
やさしい子です、今更ですが。

おばさんの縫い上げた赤いドレスを着たスーザのなんてあでやかでかわいらしいこと!
今にもフラメンコを踊りだしそうです。
でも・・・、やっぱりそうですよね。
靴が大きすぎます。

いつもの黒い靴ではドレスに合いません。
そこでスーザは、作った花を足元に結び、靴にも一つずつ付けました。

髪を結ったスーザの後ろ頭が鏡に映って見えるのですが、いつもと違って、俄然大人びて見えます。

さあ、春祭りに出発です。
村の人たちもみんなとびきりのおめかしをしています。
春祭りの広場の、なんて華やかなことでしょう。
さすがはフラメンコの国、色とりどりの衣装を身にまとい、カスタネットを片手に踊っている女性たちのきれいなこと。

スーザがくるりくるりと回るたびに、足元から赤い花が見えます。
スーザはお日様の光をいっぱい浴びながら咲いているひなげしの花のようでした。

そして、信じられないことに、春祭りの間中、スーザはマリアおばさんよりも早起きスーザでした。
こんなことがあると、もうおしまい?なんて心配になります。
スーザはやっぱりねぼすけじゃないと、なんて思ってしまいます。

完全なる“自然体”に思えるスーザに、また何度も会えますように。


【ねぼすけスーザときいろいリボン】
福音館書店 こどものとも 通巻702号 2014年9月1日発行
広野多珂子 作
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私の願いは半分かなえられました。
こうしてスーザにまた会えましたが、この作品が最後ということなのです。
とてもさみしいのは本当なのですが、この絵本の終わり方があまりに自然で、受け入れないわけにはいかないという気持ちです。


今日もまた、笑顔のマリアおばさんはフライパンとこん棒を両手に持って、スーザを起こす気満々です。
ところが、今朝は変わった音で目が覚めました。
マヌエルのお父さんの自転車のベルの音です。

マヌエルのお母さんに、もうすぐ赤ちゃんが生まれるので、お父さんは、仕事に行っている間、奥さんのことをお願いしますと、マリアおばさんに頼みに来たのです。

マリアおばさんは助産師さんだったんですね。

いつものようにヤギの面倒を見て帰ってきたスーザに、マリアおばさんは、タンスから小さな服をとりだして見せました。
「スーザが あかちゃんのときに きていた ふくよ。
おはなの もようは スーザのおかあさんが ししゅうを したのよ」


このシリーズで、初めてスーザのお母さんということばが出てきました。

一針一針きれいにそろった刺繍に頬ずりしているスーザは、赤ちゃんに戻ったような顔をしています。

その洋服を、マヌエルのお母さんの赤ちゃんに着てもらってはどうかというマリアおばさんの提案に、スーザはしばらく考えてから同意しました。

赤ちゃん用のケープを編むマリアおばさんに教えてもらい、スーザも黄色い毛糸で編み物を始めます。
ヤギたちが草を食む間、広々とした丘の木の下で、スーザはゆっくりとていねいにリボンを編んでいきます。
それは、洋服についたミルクのシミを上手に隠すかわいいリボンでした。

その出来栄えにスーザが満足していると、マヌエルがマリアおばさんを呼びに走ってきます。
いよいよ赤ちゃんが生まれるのです。
外で待つようにマリアおばさんに言われ、家の外にたたずむスーザとマヌエルは、まるで姉と弟のようです。

お父さんを呼びにいきたいというマヌエルを連れ、スーザはサンチェスに乗って町の公園に向かいます。
お父さんは町の公園で働いているのです。
公園の入り口でお父さんの自転車を見つけたスーザは、ベルを鳴らしながら公園の中を歩きます。
「マヌエルのおとうさぁーん!」と大きな声で言いながら。
マヌエルも、サンチェスも大きな声でお父さんを呼びます。

働いていたお父さんがその声を聞き、みんなは急いで家へ帰ります。

スーザたちが帰るとすぐに赤ちゃんが生まれました。
赤ちゃんはさっそく、スーザが黄色いリボンをつけたあの洋服を着ています。

ベッドの赤ちゃんを見下ろす誰もが笑顔です、スーザ以外は…
そうです。
スーザはなんだか少しさみしそうなのです。
スーザは思っていました。
マヌエルと あかちゃんには、おとうさんと おかあさんが いて いいな……。

帰り道、スーザはマリアおばさんに聞きます。
「私のお父さんとお母さんも、私が生まれた時、喜んでくれた?」

「もちろんよ、スーザ。
スーザのお父さんとお母さんも、この上ないほど幸せそうだったわ。」
マリアおばさんはスーザの手をぎゅっと握ります。
スーザも、おばさんの手をぎゅっと握りました。

ふたつの ほしが、スーザとマリアおばさんを みまもるように またたいていました。


大人であることをありがたく思います。
なぜなら、折り込み付録込みで絵本を味わうことができるからです。
「作者のことば」から引用します。

 スーザの両親とマリアおばさんの関係については長い間分からないまま作り続けてきました。
でも、やっと、はっきりしてきました。
 スーザが生まれたとき、若いスーザの両親は貧しくてもこの上ないほど幸せだったと思います。
出産時スーザを取り上げたのは、同じ村に住む助産師の仕事もしているマリアおばさんです。

スペインでは1936年から39年にかけて内戦がありました。
スーザの両親はこの内戦によって命を落としたのではと思います。
幼いスーザを残して。
マリアおばさんもまた、この内戦によって最愛の夫を亡くしたものと思います。
深い悲しみの中でマリアおばさんがスーザを引き取ったのは当然のことかもしれません。

二人には血のつながりはありません。
でも、スーザとマリアおばさんは互いにかけがえのない存在であり、強い絆で結ばれています。
本当の親子のように。

 1作目の案を頭の中で考え始めてから33年が経ちました。
今作で私が描きたかったスーザの世界は全部描き終えました。
スーザとともに生きた33年間はとても幸せでした。


「全部描き終えました」というフレーズを読んだ時、その潔さに感動しました。
ですから、女々しい読者になってはいけないと、自然に思えたのでした。

広野さん、ありがとうございました。
(2015年8月 書き加え)

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