第631夜 【ついてないね ロナルドくん】
【ついてないね ロナルドくん】
あかね書房 1981年3月発行
パトリシア・R・ギフ作
舟崎克彦訳
スザンナ・ナティ絵
つい口走ってしまうフレーズというのがありませんか。
私にはあります。
【タンタン】シリーズのハドック船長が、「ナント ナントの難破船」を、口にするのと同じくらいの頻度で、私は「ついてないね ロナルドくん」を口から漏らしていると思います。
もちろん家の中限定です。
例えば、子どもたちが些細なへまをやらかした時など、ついつい言ってしまうのです。
「ついてないね ロナルドくん」
うちの子どもたちはどちらも“ロナルド”という名前ではありません、もちろん。
なんなのでしょう。
“That's too bad.”
「ついてないね」と言ったら、もれなく「ロナルドくん」がついてくる仕組みになっているんです、私の頭の中が。
これはどうにもとめられないようで、(というか、とめようという努力は一切していない)、こうなったら、一生言い続けてやろうかと思っています。
さて、ロナルドくんは本当についていないんです。
表紙を見てください。
鉢植えに水をやっていて、一番ステキな鉢をガシャン!と床に落っことしちゃったところです。
ここにいたるまで、彼がいくつの“ついていないこと”を乗り越えていったかというと・・・
教室の床に落とした鉛筆を拾おうとして机の下を這いずり回っている姿を、タイラー先生(表紙にいます)に「ヘビみたい」と言われ、“ヘビちゃん”とみんなから呼ばれるようになった。
宿題にママのサインがないことに気づき、ママのために自分でサインして提出すると、先生にばれ、しかもママの名前のつづりが違っていたことをみんなの前で言われた。
授業中、おなかがすいてサンドイッチにむしゃぶりつくと、先生に見つかり注意を受けた。
さらに、そのサンドイッチは人のヤツだった。
ワークブックをやっている時も、水のみ場で水を飲んでいる時も、休み時間に外で野球をやっている時も、午後の読み方の授業でも、とにかくついていないことばかり起こります。
よく考えてみると、ついていないことの八割は、タイラー先生がらみです。
タイラー先生は、表紙でもおわかりの通り、クールでちょっとアンニュイな感じを漂わせているお方です。
伏し目がちで、首がいつもちょっと傾いています。
しかし、このタイラー先生が、絵本の最後で私を一気に幸せな小道へと導いてくれるのです。
私は、物語でも映画でも漫画でも、とにかくハッピーエンドが好きです。
このままだと、ロナルドくんにハッピーエンドはありえない、そう思わせておいての心憎いエンディングです。
家へ帰る時、タイラー先生はロナルドくんに手紙を渡します。
家に持ち帰って読むように、もし読めなかったらママに助け舟を出すように、そう言って。
ロナルドくん同様、私も、この手紙はきっと学校での数々の問題行動について報告しているおぞましい内容のものだろうと思いました。
この上、ロナルドくんは家へ帰ってまでがっかりしなければならないのかと胸が痛みました。
ところがです。
帰り道に読んだ手紙の内容はこうでした。
「ロナルドくん
きょうは ついてなかったわね。
でも、あしたはきっと いい日に なるわ。
だって先生のたんじょう日ですもの。
おたがいに、すてきな日にしましょう。
タイラー」
涙もろい私は、この手紙を読んで、目の奥がジーンと熱くなりました。
タイラー先生、ごめんなさい。
私、見た目で先生を誤解していました。
その飄々とした、ちょっと冷たいんじゃないのというような表情の下に、こんなやさしさを隠し持っていらしたなんて。
そして、タイラー先生、ありがとう。
ロナルドくんに希望を与えてくれて。
ここからのロナルドくんはまるで別人のように笑顔で生き生きとしています。
最後のページでは、先生にプレゼントする植木鉢を持って、とても嬉しそうです。
子どもの変化に立ち会える、そしてそれを時には促せる、教師という職業のすばらしさを再認識しました。
あかね書房 1981年3月発行
パトリシア・R・ギフ作
舟崎克彦訳
スザンナ・ナティ絵
つい口走ってしまうフレーズというのがありませんか。
私にはあります。
【タンタン】シリーズのハドック船長が、「ナント ナントの難破船」を、口にするのと同じくらいの頻度で、私は「ついてないね ロナルドくん」を口から漏らしていると思います。
もちろん家の中限定です。
例えば、子どもたちが些細なへまをやらかした時など、ついつい言ってしまうのです。
「ついてないね ロナルドくん」
うちの子どもたちはどちらも“ロナルド”という名前ではありません、もちろん。
なんなのでしょう。
“That's too bad.”
「ついてないね」と言ったら、もれなく「ロナルドくん」がついてくる仕組みになっているんです、私の頭の中が。
これはどうにもとめられないようで、(というか、とめようという努力は一切していない)、こうなったら、一生言い続けてやろうかと思っています。
さて、ロナルドくんは本当についていないんです。
表紙を見てください。
鉢植えに水をやっていて、一番ステキな鉢をガシャン!と床に落っことしちゃったところです。
ここにいたるまで、彼がいくつの“ついていないこと”を乗り越えていったかというと・・・
教室の床に落とした鉛筆を拾おうとして机の下を這いずり回っている姿を、タイラー先生(表紙にいます)に「ヘビみたい」と言われ、“ヘビちゃん”とみんなから呼ばれるようになった。
宿題にママのサインがないことに気づき、ママのために自分でサインして提出すると、先生にばれ、しかもママの名前のつづりが違っていたことをみんなの前で言われた。
授業中、おなかがすいてサンドイッチにむしゃぶりつくと、先生に見つかり注意を受けた。
さらに、そのサンドイッチは人のヤツだった。
ワークブックをやっている時も、水のみ場で水を飲んでいる時も、休み時間に外で野球をやっている時も、午後の読み方の授業でも、とにかくついていないことばかり起こります。
よく考えてみると、ついていないことの八割は、タイラー先生がらみです。
タイラー先生は、表紙でもおわかりの通り、クールでちょっとアンニュイな感じを漂わせているお方です。
伏し目がちで、首がいつもちょっと傾いています。
しかし、このタイラー先生が、絵本の最後で私を一気に幸せな小道へと導いてくれるのです。
私は、物語でも映画でも漫画でも、とにかくハッピーエンドが好きです。
このままだと、ロナルドくんにハッピーエンドはありえない、そう思わせておいての心憎いエンディングです。
家へ帰る時、タイラー先生はロナルドくんに手紙を渡します。
家に持ち帰って読むように、もし読めなかったらママに助け舟を出すように、そう言って。
ロナルドくん同様、私も、この手紙はきっと学校での数々の問題行動について報告しているおぞましい内容のものだろうと思いました。
この上、ロナルドくんは家へ帰ってまでがっかりしなければならないのかと胸が痛みました。
ところがです。
帰り道に読んだ手紙の内容はこうでした。
「ロナルドくん
きょうは ついてなかったわね。
でも、あしたはきっと いい日に なるわ。
だって先生のたんじょう日ですもの。
おたがいに、すてきな日にしましょう。
タイラー」
涙もろい私は、この手紙を読んで、目の奥がジーンと熱くなりました。
タイラー先生、ごめんなさい。
私、見た目で先生を誤解していました。
その飄々とした、ちょっと冷たいんじゃないのというような表情の下に、こんなやさしさを隠し持っていらしたなんて。
そして、タイラー先生、ありがとう。
ロナルドくんに希望を与えてくれて。
ここからのロナルドくんはまるで別人のように笑顔で生き生きとしています。
最後のページでは、先生にプレゼントする植木鉢を持って、とても嬉しそうです。
子どもの変化に立ち会える、そしてそれを時には促せる、教師という職業のすばらしさを再認識しました。

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