第十九夜 【あけるな】
【あけるな】
銀河社 1976年9月15日発行
谷川俊太郎・作
安野光雅・絵
高校生の時、休み時間に友達から小さな紙を手渡された。
2センチ四方程のその紙は、何度も折られていて、ゴロゴロ厚かった。
友達は何も言わずにその紙を私の手のひらに、コロリという感じで乗せると、自分の席へと去っていき、あっけにとられた私がそれを握りしめてぼんやりしていると、次の授業のチャイムが鳴った。
授業が始まり、手のひらの中の紙を見てみると、紙の上には、ひらがなで小さく、
「あけるな」と書いてあった。
そんなことをいわれても、折られているものならば元の状態まで広げてみたいし、「 あけるな 」とあれば開けてみたい、それはとても自然な衝動だ。
私にそのような衝動と、それと闘わなければならない苦悩をもたらした友人を“おもしろ恨めしく”思った。
その友人はポーカーフェイスの天才だった。
次の休み時間になっても、昼休みになっても、放課後になっても私にコンタクトをとることはなかった。
だいたい、その友達とはめったに教室で話などしなかったのだ。
しかし、そういった不思議なことをされたりしたりすることを、私たちは実は楽しんでいたし、他の誰かとはできないことを知っていた。
その紙を、たぶん私はその授業中に、教師には気づかれないように巧みに開いたと思う。
開けた時の自分の様子を、今でもマンガのひとコマのように思い出せる。
アングルは上方から。
広げた折り目だらけの紙を持つ私の両手。
その紙の真ん中に、やはり小さな文字で、
「 あけたな 」
この出来事について、その後も彼女は一切のコメントをせず、私も何も言わなかった。
それが私たちのやり方だった。
あんな友情( と呼ぶのがふさわしいのかどうかわからないが ) を、その後他の誰とも育んだことはない。
青い春の一ページに 「 あけるな 」 がある。
成人してこの絵本を本屋さんで見た時に、高校時代のこの出来事が一気によみがえった。
安野光雅さんの絵の中で、このことばにまた出会えたことに感激した。
しかし、今でも私の心の中には、彼女から手渡された 「 あけるな 」が先住権を持って存在している。
この絵本を手にした人も、「あけるな」と言われてそれに従う人はいないはず。
「あけるな」の世界へ、いざ。
銀河社 1976年9月15日発行
谷川俊太郎・作
安野光雅・絵
高校生の時、休み時間に友達から小さな紙を手渡された。
2センチ四方程のその紙は、何度も折られていて、ゴロゴロ厚かった。
友達は何も言わずにその紙を私の手のひらに、コロリという感じで乗せると、自分の席へと去っていき、あっけにとられた私がそれを握りしめてぼんやりしていると、次の授業のチャイムが鳴った。
授業が始まり、手のひらの中の紙を見てみると、紙の上には、ひらがなで小さく、
「あけるな」と書いてあった。
そんなことをいわれても、折られているものならば元の状態まで広げてみたいし、「 あけるな 」とあれば開けてみたい、それはとても自然な衝動だ。
私にそのような衝動と、それと闘わなければならない苦悩をもたらした友人を“おもしろ恨めしく”思った。
その友人はポーカーフェイスの天才だった。
次の休み時間になっても、昼休みになっても、放課後になっても私にコンタクトをとることはなかった。
だいたい、その友達とはめったに教室で話などしなかったのだ。
しかし、そういった不思議なことをされたりしたりすることを、私たちは実は楽しんでいたし、他の誰かとはできないことを知っていた。
その紙を、たぶん私はその授業中に、教師には気づかれないように巧みに開いたと思う。
開けた時の自分の様子を、今でもマンガのひとコマのように思い出せる。
アングルは上方から。
広げた折り目だらけの紙を持つ私の両手。
その紙の真ん中に、やはり小さな文字で、
「 あけたな 」
この出来事について、その後も彼女は一切のコメントをせず、私も何も言わなかった。
それが私たちのやり方だった。
あんな友情( と呼ぶのがふさわしいのかどうかわからないが ) を、その後他の誰とも育んだことはない。
青い春の一ページに 「 あけるな 」 がある。
成人してこの絵本を本屋さんで見た時に、高校時代のこの出来事が一気によみがえった。
安野光雅さんの絵の中で、このことばにまた出会えたことに感激した。
しかし、今でも私の心の中には、彼女から手渡された 「 あけるな 」が先住権を持って存在している。
この絵本を手にした人も、「あけるな」と言われてそれに従う人はいないはず。
「あけるな」の世界へ、いざ。

この記事へのコメント