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【雪国の絵本】 無明舎 1977年2月10日発行 ほった 圭 この絵本は母が秋田から送ってくれました。 ここでの「雪国」は、かなり絞られていて、秋田県横手市をさします。 私の生まれ故郷は、秋田県雄勝町(現:湯沢市)で、横手からそれほど遠くありません。 母の実家が平鹿町(現:横手市)なので、地名にしても、聞いたことのあるものが出てきます。 さらに、夫の生まれ故郷は十文字町(現:横手市)なので、絵本に出てくる遊びや風物の記憶を、ほとんど共有することができます。 ほった氏は私より十歳年上、夫は四歳年上、彼らは男子で私は女子、ですので、若干記憶の濃淡やずれはありますが、それでも九割はわかるという感じです。 この絵本に登場する遊びや風物を、目次順に挙げてみましょう。 ・ドン(いわゆるポップコーンの米版。) ・笹舟(堰を流れていく舟が長い橋の下にさしかかった時に、腹ばいになり、頭を逆さにして覗 き込んだことを思い出しました。) ・クギさし(年上の男の子の中に混ざって、紅一点でやりました。) ・パッチ(私の地域では“パンパン”といいました。いわゆる“めんこ”です。) ・玉っこ(“玉っこぶち”といいました。いわゆるビー玉です。) ・雑魚とり(家のすぐ裏の堰で、よくやりました。) ・チャンバラ(チャンバラによらず、怪獣だの、タイガーマスクだの、なりきりの“ごっこ遊び”はよ くやりました。) ・ホタルとり(蚊帳の中に離すと、はかなかった記憶がよみがえります。) ・駄菓子屋(家から200メートルも離れていない駄菓子屋が、子どもには遠く思えたものでし た。5円で色々な物が買えました。大好きだったのは、小さな袋に甘納豆が入っているものを 台紙からはがして、当りがあったら景品がもらえるというものでした。たくさんの糸から一本を選んで、どんな飴がその先についているのかドキドキしながら引っぱる駄菓子も好きでした。) ・盗り(柿やスイカは自分の家にあったので、人の家のものを盗ったことはありませんが、盗る という意識なしに、栗はあちこちでとりました。スキーのストックのわっかが取れたヤツが、栗のイガを押さえるのに重宝しました。) ・タガまわし(近所に、タガ屋さんがあって、そこのおじいさんを“タガじい”と呼んでいました。 いつも酒気を帯びていて、怖いじさまでした。だからどうかわかりませんが、私の地域ではタガまわしをしていた子どもはいませんでした。) ・かじかつき(夫はやったそうです。) ・杉てっぽう(私も夫も経験がありません。) ・火の用心(火の用心はしませんでしたが、地域の子どもたちでラジオ体操や肝試し大会を企画?運営したものです。小学校6年生というのは、地域の子ども間では、立派なリーダーだったのです。) ・カンけり(八幡様の境内や、役場の支所の前の広場でよくやりました。) ・ゴムてっぽう(雑誌の付録についてきました。夫は、木くずを使ってかなり強力なものを作ったそうです。今思うと危険だったと回想していました。) ・マルボケ(ケンケンパといって、地面に丸を描いて片足や両足で跳んで、自分の石を拾う遊 びです。ああいうルールは完全に伝承でした。) ・ゲタ占い(ゲタはどこの家の玄関にも普通にありました。一度、ゲタで自転車に乗り、ペダルにがっちりはまってしまって、取れなくなり、自転車ごと転倒したことがあります。冷静に考えると、ゲタから足を脱ぎはずせばよかったのですが、あせると人間、かなり愚かになります。 そういう教訓がゲタにはあります。) ・とんぼ(神様とんぼという、細〜いトンボや、黒い羽のスマートなトンボを家の裏でよく見かけました。いかにも水の清いところにいるトンボという感じでした。) ・子もり(自分の弟妹なら当たり前、近所の小さい子も一緒に遊ぶのは当たり前でした。「加ででけれな」と、頼まれたものです。) ・積み将棋 ・軍事将棋(どちらも、夫はやったとのことです。) ・みちくさ(小学校も中学校も、国道をまっすぐ歩いて5分ばかりのところにあったので、道草のしようがありませんでしたが、学校の前の店でよく買い食いはしました。) ・馬っこ乗り(よくやりました。今思うと本当に命がけの遊びでした。すごい勢いで飛び乗ってい ました。) ・めくら追いっこ(目隠しオニです。オニになると、手ぬぐいの下に隙間を作ってのぞきたい衝動を抑えるのが大変でした。) ・コマ回し(富山の薬屋さんがくれるハイカラなコマが好きでした。) ・杉の葉ひろい(たきつけに使っていた記憶はあります。) ・ガッコ(漬物のことですが、私の地域ではガッコとは言いません。) ・初雪(子どものころ、家の二階の窓から外を見ていて、今日はなんだか初雪が降りそうだと 思っていると、本当に降ってきたということが何年も続いて、私は自分に特殊能力があるのかもしれないと、本気で思っていました。それは、弟の誕生日11月18日の前後でした。) ・シッペ(シッペではなく、トランプの罰ゲームなどでは、一番勝った者が一番下、ビリだった者が一番上になるようにみんなが手を重ねていって、手をたたかれないようにすばやく引っ込めるというのはよくやりました。) ・アンカ(いわゆる湯たんぽのようなものだけれど、湯ではなくマメ炭を中に入れたものを、厚い 布でぐるぐる巻きにしたもの。冬の冷たい布団の中ではそれだけが頼りという感じでした。しかし、油断するとやけどして、水ぶくれができることもありました。) ・雪かき(冬場は毎日、日によっては何度もやらないと、家から道路に出ることができませんでした。私が子どものころはスノーダンプがありませんでしたから、すべてシャベルで。朝一で玄関から国道までの20メートルくらいの私道の道つけを、雪俵でするのが私の仕事でした。汗をかくほどの運動でした。) ・暖飯器(夫は使ったと言いますが、私たちはただ単に、ストーブの周りにお弁当を並べただけのような気がします。) ・いろり(囲炉裏を囲んで節分は絵になりましたが、囲炉裏を囲んでクリスマスは、今思うと実にミスマッチでむしろ愉快です。冬場は掘りごたつになりました。春になるとふたをして閉じてしまう囲炉裏を、家庭訪問で先生が来るときにはふたをはずして登場させていたのはなぜだったのか、今もってなぞです。) ・角巻(祖母のは黒、母のは濃いサーモンピンクでした。温かくて、外へ出るときには祖母のを借りました。母のはもったいないような気がしたのです。) ・さとう雪(だれでも一度はあんぐりと口をあけて天を仰ぎ、雪を受けたことがあると思います。) ・灰雪(私の地域では、グルグルといって、誰も足を踏み入れていない新雪の雪原に、渦巻き の道を作り、両端からそれぞれ同時に走り始めて、ぶつかったところでじゃんけんをし、負けたほうは次の走者を呼ぶ、というエキサイティングな遊びをよくやりました。) ・スキー(子どものころは、堤防や、雪下ろしが終わって屋根と地面がつながってできた坂を利用して、2〜3秒ぐらいで滑り終わるスキーばかりしていました。スキー靴なんてもちろん不要。長 靴で引っ掛けるだけのスキーでした。) ・ビン流し(雪下ろしをした後は、屋根と地面がつながるので、そのスロープを使ってビン流しをしたものです。) ・ストーブ(ストーブは薪ストーブ。火力抜群、温かさも自然でした。秋の終わりに、家族総出で薪割り、薪積みをしました。) ・馬ソリ(憧れの乗り物でした。一度だけ乗ったことがあります。忘れられません。) ・迷路(隣りの地域に、迷路作りにこだわる大人の人がいて、はるばる体験させてもらいに行きました。怖いほどでした。) ・雪玉合戦(首筋から雪が背中に入るし、長靴の中も雪だらけになるし、もうやけくそでやっていたものです。そして必ず、湯気が出るほど身体は温まるのでした。) ・竹すべり(車の通らなくなった夜の国道を、竹スキーでツツーッと滑った思い出は、数ある冬の思い出の中でもかなりの上位にランクインします。夫に言わせると、竹スキーは高価で(?)貴重なものだったそうです。) ・ドッコとガッパ(ゲタスキーのようなものですが、夫は見たことがあるそうです。) ・雪玉割り(雪玉を固く、テカテカになるまで握り固め、踏み転がし固め、そして割って遊ぶという、なんてお金のかからない遊びだったのでしょう。) ・箱ゾリ(長女の私は、もっぱら押してあげるほうで、自分が乗って押してもらえる数少ない機 会をいつも待ち望んでいたものです。) ・シャカジキ(この名前は知りませんが、しゃもじで雪をたたいて固めたり、色をつけたり、くりぬいてかまどのようにしたり、おままごとのように遊んだことを懐かしく思い出しました。) ・ドフラ(雪の落とし穴です。夫はかなり深いものを作ったと言います。) ・かまくら(子どもがかまくらを作るのは大変です。雪下ろしをして軒下にたまった雪を利用して作ったものです。夫はかなり本格的なものを作ったようです。) 言われれば、『あった、あった、そういうこと!』と思い出せることでも、何のきっかけもなければ、ずっと脳みその奥に埋もれたまま、一生日の目を見ずに終わった記憶もあったことでしょう。 細かなことまで覚えておられたほった氏に、尊敬と感謝の念を捧げたいと思います。 |
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